2016年11月 1日 (火)

京都旅行に役立った一冊!

たまたま本屋で平積みになっているのを見つけて、行きの新幹線の中で読みました。
おもしろかった!
そして、今回の私の京都の街歩きをものすごく充実させてくれました。
この本に出会ってなかったら、観光客の多い東山近辺を人混みに揉まれて歩き、観光客向けの高いばかりのお店でお昼ごはんを食べさせられていたに違いない。
本で紹介されていた三条会商店街にも行くことがなかっただろう。(なんと面白い商店街だった!3分の1くらいを歩いただけで、寄りたい店がいくつもあって困るほどだった)
裏道や細道を歩いて、街を楽しめました。
京都はちょっととっつきにくい印象でしたが、今回の旅でずいぶん親しみを感じました。
オススメです。

もし京都が東京だったらマップ (イースト新書Q)

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2016年2月15日 (月)

エスニック、のち、いつもの

そしていつもの
稲葉さんの話と由紀子さんの本『パリ、異邦人たちの味』 で、無性にエスニックが食べたくなり、ポルトガル風タコライスをつくる!
ずっと前に非常用に買っておいた、無印の炊き込みご飯のもと・レトルトパックで。手作りトマトソースと自分でタコ買ってきて入れたら(あと、オリーブとか玉ねぎとか入れてもよさげ)、「もと」がなくても自分でつくれそう。
無印の「レトルトのもと」を買う時迷った理由は、「2合のお米に、レトルトの中身を汁ごと入れて、炊飯器のお米2合の線まで水を足す」という作り方の説明のせい。私はご飯を鍋かオールパンで炊く。炊飯器では炊かないので、線がない、水加減がわからない。勘で水を1.5合くらい足しました。そしていつもよりちょっと長めに炊いたかな。

パリのお話とスライド、楽しかったです! 稲葉さんは心の眼でパリの街の風景のもっと向こうを見ているのだと思いました。本当に久しぶりの再会が4人も! うれしかったひとときでした。パリに行ったことがないのに、結構パリ物の校正をしているせいでしょうか、話を聞きながら街と出来事がつながってきた。私もきっとゲラの上でパリに行っていたんだろう。
シドニーで添乗員さんに勧められてツアーの皆総勢10人ほどで出かけたベトナム料理屋さんで出てきた、皿に盛られた野菜を思い出した。

そしていつもの

翌日はやっぱりいつもの私の定番。ゆめーぬで。
ここでなら揚げ物食べます。タルタルソースも、ちゃんと卵でつくってあって、やさしい味でした。
(この後、レース前最後のLSDに出発したのでした)

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2015年9月16日 (水)

お出かけ外食とジョコビッチの食事の本

仕事一段落。久々に待ち合わせてお出かけ。まずはお散歩。


↑ブリリアの家庭菜園コーナー。ゆめーぬの裏あたり、来店者用駐輪場のそば。

↑定番、ゆめ―ぬで日替わりランチ。豚肉の塩麹焼き。540円。

↑そして久しぶりのたんたん@下北沢。手前野菜のタジン鍋、向こうがたん焼き盛り合わせ。やっぱりどの料理もおいしい! 魚系のおすすめおつまみが増えていました。
ごぼう焼酎のお湯割り、いただきました。おいしくて飲み過ぎそうだった。危ない。

↑もらった! AU BON VIEUX TEMPS のお菓子。知らなかったけど、有名なフランス菓子屋さんでした。ありがとう~! とてもおいしくいただきました。

こんな日々ですが、今読んでいるのがこれ。

パンがすごく好きだから、絶対やめられない! と読む前は思っていたけれど。なんだか興味が湧いてきました。2週間だけ、トライしてみようかな…
草テニスをするわたしたち市民プレーヤーには、ジョコビッチってところがとっても魅力的。
確かに、ゆっくり食べ物に向き合って食べると、加工品や混ざり物がおいしく感じられなくなってくる(気がする)。
安くておいしくない牛乳を毎日飲むのと、本当においしいちゃんとした(でもちょっと高い)牛乳をときどき飲むのと、どちらが体にいいのか? 自明。
産直の高知の室戸の野菜が届くと、すごく体調がよくなる。お通じもすっきり。
グルテンフリーの部分だけが話題になってしまっているけれど、自分の身体に聞く「思考のトレーニング」「オープンマインド」の部分こそ肝な印象を受ける。まだ読んでいる途中ですが。(もったいなくてゆっくり読んでいる。面白い本や楽しみにしていた本はいつもそう)

忙しくっても、自炊しないとね。

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2015年2月10日 (火)

岡崎京子展にでかけて

世田谷文学館にて、2015年1月24日~3月31日 開催中

特別に岡崎京子の大ファンだったというわけではない。でも、ここ数年ずっと気になっていた。
なぜ? 同世代だから? いや、それだけじゃない。
あの心の空洞をふっと見せてしまったような(それはきっと誰もがしているのだ。バイバイと言って友達や彼氏と別れて一人になったその瞬間に)少女たちの表情をずっと描いてきた彼女が、結婚して旦那さんとのラブな生活を手に入れて、一緒に散歩なんかをするような幸せを手に入れたことを、私は一読者としてとても喜んでいた。
だけど。事故のことを知ったとき。
神様は暴力的に、女性としてもクリエイターとしても、人生の一番輝いて精力的であるはずの、楽しいことも幸せな気持ちも悲しいことも辛いことも嫉妬することも諦めることも、あらゆる感情の経験値を積めるはずだった時期を、そっくりうばってしまった、と思った。
今回、展覧会に行ってみて、神様はうばっただけではない、と感じた。誰にも経験できない彼女だけの19年間を与えてしまったのだと。

とても好評で混んでいると聞いたので、平日の、すいていそうな、朝一番でもなく昼下がりのひとときでもなく、中途半端な時間を見計らってでかけた。ゆっくりじっくり観たかった。
それでも、人が次々と来ていた。キュートでおしゃれなカッコの女の子の観客が多かった。

(オバサンらしい物言いをすると)近頃の女のコの不安をいろんな所で聞く。
いい人がいたら結婚はしたいけど、仕事もおもしろいし、窮屈な思いを我慢するくらいなら別に今のままでもいいかも、なんて思うんで。でも、年とって50過ぎたりしたら、男友達もみんな相手にしてくれなくなるかな。結婚して子育てしてる友達がみんな幸せそうに見えたりすると、ああやっぱり子どもくらい産んでおけばよかったなぁ、なんて後悔するかもしれないって不安もあるし。ま、自然といい人と出会えたら、その時は結婚も考えてみるけど、ガツガツ男を探すなんてことはしたくないし、そういう自分を見せたくない。このまま独りだったら仕事にでも生きればいいか、なんてね。
こういうのを聞く度に、甘い! って思ってた。自分の人生に本気でエントリーしろよ、って。
一つのことを決めて選ぶ、ということは、その他の選択肢を潔く捨てる、ということだ。
幸せそうに見える子育て中の友人は、泣く子どもをあやしながら、大きな仕事を任されている同い年の女性を、連休の度に海外旅行に自由にでかけられる独り者を、ひっそりとうらやんで孤独な育児に滅入っているんだ。

第1希望はいちおうこっちだけど、ま、ダメだったら第2希望でもいいや。それは何も選択してないんじゃないの?
東京駅で列ができてた。記念Suicaを買うための列だって、へ~、じゃ試しに並んでみようかな、買えたらめっけもんだし、買えなかったら別にいいや。あ、やっぱりトラブルになってる、でもネットで買えるんだって、じゃ買っといてもいいかな。と同レベルに聞こえた。

やはり同年代の松田聖子は、仕事も結婚も子どもも人気もお金もセックスも、どれも捨てない、すべてをつかみとったまま離さずに生きようと実践している人だと思う。突き進む強い意志が見える。自分の選択のために、ものすごく努力して本気で生きていると思う。もちろん聖子ちゃんも捨てているものはある、ユニクロでスーパーに買い物行ったり、本屋で雑誌を立ち読みしたり、人気の屋台に並んで買い食いしたり、そんな楽しみは捨てて、自分のエントリーした生き方に邁進してる(のだと思う)。
「後家業」をもし選ぶなら、そこにもかなりの覚悟と実行力が必要だ。でもそこには、人生に本気で取り組んで選択している気配を感じる。
どっちが好きかといったら、私の答えは決まっていた。

ところが、展覧会を見ていて気づいた。
岡崎京子は、選択できない女の子も、選択して突き進む女の子も、どちらも描いている。選択できないことに気づいているけど気づかないふうの子や、とりあえずペンディングにしている子や、なんとかしなきゃと思ってるけどそのまま毎日を過ごしてる子や、選んだからにはがむしゃらに周りの迷惑かまわず行っちゃう子や。そのみんなの、日々の時間を、描いている、と思った。
好きとか嫌いという目線ではなく、そこに、あるがままに、日常の中に置いてある、と思った。だって、それが現実でしょ。選びたくなくて選んでないわけじゃない、今は選べる自信がないだけ。

20年前にすでに今のこの現状の女の子たちの不安や表情を描いてしまっていた岡崎京子にとって、ほかの誰も経験していないこの19年間が(とてつもない栄養分になって)、次にどんな花を咲かせるのか、どんな花を引っ提げて登場して私たちを驚かせるのか、その花を見たい。きっとみんな待っている。いつまでも。花が咲くのを。
最後のサプライズは、うれしいような、正直つらいような、気持ちになった。2年も練習してやっとここまでなのかと。いや、違う。これ以外の表現はない。この短い言葉にはすべてがつまっているのだ。あえて選んだこの言葉に。

ともあれ、今回の展覧会が企画され、実施されたことは、花咲く季節が近づいているのだと思って心からうれしかった。
『レアリティーズ』の京子さんの顔のアップを見た途端に、または、公式カタログ『岡崎京子 戦場のガールズライフ』のよしもとばななさんの巻頭の文章を読んだ時、涙がぽろぽろこぼれた。
平凡社、やるじゃん。
(ここまで書いてから、公式カタログの巻末に、京子さんの弟さんが書いた、この19年間の京子さんと今の京子さんのことなどが書かれてあるのに気づいた。泣けなかった。正直つらいように感じてしまったことを改めてこう目の前に出されると、本当の現実にはセンチメンタルな感情では対応できないのだ)

京子さんへの「おかえりなさい」の言葉の準備は、いつでもできている。
平成の悩める女子たちを見て、なんだよ、全然変われてないじゃん、って言うだろうか。
ラインとかスマホとかあっても、やっぱり寂しいんだね、って言ってくれるだろうか。


おまけ
喫茶どんぐりで企画展連携特別メニューのチョコセット。甘っ。
チケット売り場の売店では、ガラスの仮面ファイルが値下げされてました。

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2012年9月 2日 (日)

再読『マラソン100回の知恵』原章二著

添え木がとれて2日後から、松葉杖なしでごくごく近所までゆっくり歩く。膝内側に二重にキネシオテープを貼る。膝を大幅に曲げなければ痛くない。まだおっかなくて完全に右足に体重はのせられない。
こんなときほど、走りたくてしょうがない。

原章二さんの『マラソン100回の知恵~サブフォーをめざす市民ランナーへ』(平凡社新書)を引っ張りだしてきて、読む。
もう何度読んだかわからない。これは、市民ランナーである著者が、私のような楽しんで走る市民ランナーのために書いた、実用書であり、知恵の書であり、哲学書である。
初めて読んだのは、ちょうど走りはじめたばかりの頃で、2kmの距離すら完走できる自信がないくらいの時期だった。
40代半ばで走り始めたのだから、何年か後にハーフくらいが完走できたら上出来かな? と思っていた私に、「必ずフルマラソンに挑戦する!」と決心させた本でもある。

実際の練習やレースで役立つ「知恵」の情報以上に、凡人ランナーの琴線にふれる珠玉の言葉が本のあちこちに散りばめられている。「哲学書」と私が推すゆえんである。
今回、このケガのリハビリ中で、次のマラソン復帰はいつとも確実でない時期に読んで、涙が出てきたのは以下の一文だった。
「市民ランナーとは結果を急いで手に入れようとするランナーではなく、プロセスを楽しむランナーのことである。」
そうか、復帰までのプロセスを楽しめばいいんだ。

いつか、どこかのマラソン大会で、お会いできたらいいとは思うけれど、10kmを1時間で走れない、ハーフなら2時間半がせいいっぱい、昨年のフルではサブフォーどころかギリギリ5時間台ペースの私は、原さんの走っているエリアとは違うので、同じ大会にエントリーしていてもお会いできないに違いない。いや、ひょっとしたら折り返しのあるコースならすれ違えるかもしれない。
お会いできたらぜひ言いたい。
言いつけを守らずに、音楽を聴きながら走ったり、写ルンですを手に走ったりしました、でも、「歩かない決心」だけは忘れていません。
あなたの本のおかげで、日々の生活が、豊かになりました。
本当にありがとう。と。

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2011年6月 6日 (月)

引用や再録でない、「今」のあなた自身の「言葉」が読みたい

編集者養成学校に通っていたころ、現役の編集者やライターの先生方に、それは厳しくたたきこまれました。

文章を書くときは、自分の言葉で書け、と。

どこかから写してきたフレーズや文章を、使ってはいけない。
たとえば自分が以前に書いた文章であっても、すでに発表した文章を、再び持ち出して、また使ったりしてはいけない。

コピペが簡単にできるようになって、この大原則が、崩れてしまっている。
盗作は確かにいけないだろうけど、引用ならいいんでしょ?
孫引きはいけないって言うけど、どうしていけないの?
そういう声の方が、多く聞こえてくる。

どうしてこんなことを書いているかというと、このところ読んだ本にハズレが多くて(残念ながら何冊も)、とてもがっかりしているからです。
引用だらけで、自分の見たこと、感じたこと、考えたことが、自分の言葉で書かれていない。
引用には、当然のように孫引きも存在し、本全体の中の引用部分が占める割合が半分以上。

親愛なる、著者どの。
私があなたの大ファンで、あなたの以前の著作も皆読んでいて、書籍だけでなく、雑誌に掲載されたコラムや、ブログのエッセイまで楽しみにしていて、いよいよ待望の新刊が出た! と喜んで買って読んでみたら、以前の本の文章の再録やてにをはの書き直し程度の手直しと、ブログと同じ内容と、挙句には、「まさに私の思っていたのと同じことを書いてある本を見つけたのでここにそのまま《引用》します、蛇足になるので私のコメントは控えておきます」と他人の著作からの《引用》が何ページにもわたって掲載されている。
これは、「あなた」の「新刊」ですか?
「あなた」の「新刊」を楽しみにしている、大ファンの読者のために書いたものですか?

提案します。
1冊の本の中で、引用は3回まで、それぞれ3行以下にすべし。
それ以上の引用は適切な分量と認めず、その著者の新刊とは認めず、スクラップブックのマークを表示し、印税は引用元の出版社および著者に按配に応じて払うこと。
たとえ自分の著作でも、いったん発表したものを、違うタイトルの「新刊」として出す本の中に再録したり、手直しして《引用》してはいけない。
(手直ししたら《引用》じゃなくなるのですが、自分の書いた文章なら直してもいいと思っている人が多すぎる)
厳しいですか?
他人の言葉の、そして過去に書いた言葉の《引用》を多用しなければ本が書けないなら、本を書くなんてやめたらいかがですか?

私は、あなた自身の、今の、言葉が読みたいから、あなたの本を読むのです。

そんな厳しいこと言ったら、本を書ける人なんていなくなっちゃうよ、と思いますか?
同じテーマの本を、何十冊どころか、たぶん何百冊も書いているのに、決して同じことを書かない人を私は知っています。
同じテーマの本を、やはり何十冊も出していて、いつも前著作からの引用と、他人の本の引用ばかりを載せている人も、私は知っています。

推理小説作家が、以前と同じトリックの、同じストーリーの小説を「新刊」として出して、読者から文句を言われたときに、主人公の名前や性別や、時代や場所を変えてあるんだから「新作」である、自分が書いた物語に手を入れてまた出版してどこが悪いんだ? と反論したら、なるほどと納得しますか?

以前は、プロの編集者がいて、ヘンな原稿を持っていっても門前払いか書き直しを命じられて、おめがねにかなわないと本にならなかった。・・・のだと思う。

プロの編集者、求む。
そして、プロの物書きでなくてもいい、自分自身のことばで文章を書く人の本を、私は読みたい。

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2007年10月16日 (火)

なぜデザインなのか。

なぜデザインなのか。

編集者の方にいただきました。たいへん面白い対談です。
透明OPP袋に縦一文字、片わな結びのラッピングに感激して撮った1枚です。
本は今、デザインの勉強中の娘の元へ。

なぜデザインなのか。 なぜデザインなのか。

著者:原 研哉/阿部 雅世
販売元:平凡社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2007年2月 5日 (月)

プチ休日

校正が一段落したので、早起きして午前中からフル回転。
まず映画『どろろ』。午前中のせいかガラガラ。マンガチックなエンターテインメント。中井貴一はなんとなく「いい人」なイメージがぬぐえないので、最後まで悪役の感じがしなかったなぁ。見たい映画がたくさんあるので、このまましばらく仕事が忙しくないといいんですが。
次に至福のピザランチ。ルッコラの緑色ソースのピザ。サルヴァトーレのピザのおいしさは、後味の良さだと改めて確認。チーズとオイルが、いつまでも口の中でしあわせに漂っていて、今日も満足。もちろん辛いオイルもかけました。
ボディショップで買い物。あれこれ試した結果、やはり先日から気になっていたシャイマラChymara Eau De Toiletteを買うことに。先日つけてみて、時間がたっても鼻につかなかったし、他の香りよりも自分にとって違和感がなかったので。スーパーに買い物に来るお客さんで、とてもすてきな香りのする人がいるんですよ、影響?されました。

〈余談〉
私がレジしていて一番いや~な感じがするのは、レジ台の上に「ドン!!」とすごい勢いと音でカゴを置かれること。
あと、レジ通して会計している最中に、携帯電話でずーっと話をしている人もかなりイヤ。
連れている子供を感情的に怒りながら買い物しているお母さんもイヤ。喧嘩しながら買い物している二人連れもイヤ。目の前でいちゃいちゃされるのももちろんイヤですけど。
たかがレジかもしれませんが、品位や人柄がしっかり見えますよ。
あと、レジ通しているとき、値段や個数に「あれ?違うんじゃないかな?」って感じた時は、会計を終わらせる前にぜひ言ってください! 確認と訂正が早いです。お金をやりとりして、レシートを出しちゃってからの訂正は、サービスカウンターへ行かなきゃいけなかったりして、時間がかかるのです。皆、間違いがないようにはがんばっているのですが。

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2006年12月28日 (木)

ようやく『結ぶ』~小説

ずっと探していた皆川博子の『結ぶ』がもう書店では手に入りそうにないので、図書館の検索で見つけた『皆川博子作品精華 幻妖 幻想小説編』(白泉社、短編集、「結ぶ」所収)を借りてきた。
もとはといえば、恩田陸が『図書室の海』のあとがきの中で、「結ぶ」に触れて絶賛していて、それから探していた。
最初の1行目から物語の核心にいきなり引きずり込まれてしまう。
どの短編も1行目が抜群にいい。
違うって言われそうだけれど、初めて倉橋由美子を読んだときの感じを思い出した。
この1行目のすごさはなんなんだろう。そしてもちろん物語の終わり方も。
昔々あるところに…めでたしめでたし、という起承転結を飛び越えている、それが一気に物語の世界に連れて行ってしまう。こういう小説はすごく好きだ。
ただし寝る前に読むには難だぁ。怖い夢見そう。

あとは、書店店頭で見つけてきた『風の影』(カルロス・ルイス・サフォン)を電車での移動中や、銀行での待ち時間や、お風呂タイムに湯船で読んでいる。
これは少年のミステリー冒険譚。一気に読むのがもったいなくて、少しずつ。少年ものは今マイブーム。
これも違うって言われそうだけれど、『消えた少年たち』(オースン・スコット カード)を思い出した。

あとは『翳りゆく夏』(赤井三尋)をキープ。これも店頭でおすすめコーナーにあったもの。まだ手つかず。

パソコンのプリンタドライバを設定しなおしたり、経費の帳簿を入力したり、なかなか読書までたどり着けないのですが…

皆川博子作品精華「幻妖」―幻想小説編 皆川博子作品精華「幻妖」―幻想小説編

著者:東 雅夫,皆川 博子
販売元:白泉社
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風の影〈上〉 風の影〈上〉

著者:カルロス・ルイス サフォン
販売元:集英社
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翳りゆく夏 翳りゆく夏

著者:赤井 三尋
販売元:講談社
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2006年12月26日 (火)

天使のかかと

(カテゴリー:正確にはDVDですが)
先日借りてきたオムニバスドラマ『femal』の感想を少し。
といってもお目当ては『天使のかかと』(西川美和監督・出演大塚寧々)。
ガールフレンドのお母さんに恋をしてしまう小学生の男の子の話なのですが、そのお母さんを思い出しながら、自分の家のお母さんの後姿を見ている画面の映像がうまいなぁ。これは女の目線です。でも、か、だから、か、映像を見ただけで男の子の気持ちが伝わってくる。

本屋で見つけてしまったので、原作にあたる新潮文庫『female』も読んでみました。
『天使のかかと』の終わり方が、なんだか物語の途中のような気がして、小説ではどうなっているのかを知りたくて。
どちらも男の子の目線が中心に置かれている。ドラマでは、ガールフレンドのお母さんはそれこそ天使のような、とらえどころのない、手の届かないあこがれの存在に表現してあったけど(せりふも少なくて、言葉より映像で表現されていた)、小説ではもっと生々しい女性の姿や言葉遣いが出てきていたのが興味深かった。やはり、映像と文字という表現方法の違いなのでしょうか。
『天使のかかと』というタイトルも良いけれど、自分としては、小説の『僕が受験に成功したわけ』(乃南アサ)に軍配をあげます。小説を読んで、小説のタイトルを読んで、ようやく物語が完成したように気持ちがおさまったので。
思うに、これ、題名が『僕が受験に失敗したわけ』でもいいんですよ、でもありきたりになっちゃう。やはり「成功した」から抜群なお話として完結したのですね。

文庫はこちら
female(フィーメイル)

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