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2011年6月28日 (火)

秋休み計画

夏はかなり忙しい予定なので、9月になってから次の旅行を、と計画中。
仕事そっちのけで安い航空券探して、とりあえず押さえてしまいました。
かの地でレースも出ます!

明日はひかり回線の工事の人が来る。どれだけ速度が出るようになるか、楽しみ。

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2011年6月25日 (土)

梅漬け、ゴーヤ、台湾みやげのサンダル

梅漬け、ゴーヤ、台湾みやげのサンダル
梅漬け、ゴーヤ、台湾みやげのサンダル
梅漬け、ゴーヤ、台湾みやげのサンダル
6月なのに、すでにかなり暑いです。

毎年恒例の団体戦の試合用に、と思い、アウトレットやオーソリティやらにウェアを見に行き、しっかり風邪までもらってきてしまい、しばらくダウンしていました。
雨の中で試合させられてしまって、長引いてしまったにちがいない。

こちらも例年のゴーヤ育てと、ジップロックで漬ける梅漬け。地場産の小梅と大きい梅を各1キロ。
アカシソジュースも作りました。水2リットル、リンゴ酢250mlと三温糖600gで作り、まろやか。
ベランダでは、台湾で買ってきた木のサンダルが大活躍。

恒例の夏の季節仕事、今年も依頼がありました。
これで秋の旅行費用は確保。どこへ行こうか計画中。

体調を整えようと、日帰り温泉へ。
奮発して、岩盤浴とアカスリも。
韓国まで行かなくても、近所で満喫しました。(もちろん、また行きたいけど)

そして、今更、ですが、ひかり回線に変更手続き。ADSLの回線があまりに遅く、よく切れるのと、電話の雑音がひどいため。
パソコンの性能が追い付くかが不安です。

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2011年6月 6日 (月)

引用や再録でない、「今」のあなた自身の「言葉」が読みたい

編集者養成学校に通っていたころ、現役の編集者やライターの先生方に、それは厳しくたたきこまれました。

文章を書くときは、自分の言葉で書け、と。

どこかから写してきたフレーズや文章を、使ってはいけない。
たとえば自分が以前に書いた文章であっても、すでに発表した文章を、再び持ち出して、また使ったりしてはいけない。

コピペが簡単にできるようになって、この大原則が、崩れてしまっている。
盗作は確かにいけないだろうけど、引用ならいいんでしょ?
孫引きはいけないって言うけど、どうしていけないの?
そういう声の方が、多く聞こえてくる。

どうしてこんなことを書いているかというと、このところ読んだ本にハズレが多くて(残念ながら何冊も)、とてもがっかりしているからです。
引用だらけで、自分の見たこと、感じたこと、考えたことが、自分の言葉で書かれていない。
引用には、当然のように孫引きも存在し、本全体の中の引用部分が占める割合が半分以上。

親愛なる、著者どの。
私があなたの大ファンで、あなたの以前の著作も皆読んでいて、書籍だけでなく、雑誌に掲載されたコラムや、ブログのエッセイまで楽しみにしていて、いよいよ待望の新刊が出た! と喜んで買って読んでみたら、以前の本の文章の再録やてにをはの書き直し程度の手直しと、ブログと同じ内容と、挙句には、「まさに私の思っていたのと同じことを書いてある本を見つけたのでここにそのまま《引用》します、蛇足になるので私のコメントは控えておきます」と他人の著作からの《引用》が何ページにもわたって掲載されている。
これは、「あなた」の「新刊」ですか?
「あなた」の「新刊」を楽しみにしている、大ファンの読者のために書いたものですか?

提案します。
1冊の本の中で、引用は3回まで、それぞれ3行以下にすべし。
それ以上の引用は適切な分量と認めず、その著者の新刊とは認めず、スクラップブックのマークを表示し、印税は引用元の出版社および著者に按配に応じて払うこと。
たとえ自分の著作でも、いったん発表したものを、違うタイトルの「新刊」として出す本の中に再録したり、手直しして《引用》してはいけない。
(手直ししたら《引用》じゃなくなるのですが、自分の書いた文章なら直してもいいと思っている人が多すぎる)
厳しいですか?
他人の言葉の、そして過去に書いた言葉の《引用》を多用しなければ本が書けないなら、本を書くなんてやめたらいかがですか?

私は、あなた自身の、今の、言葉が読みたいから、あなたの本を読むのです。

そんな厳しいこと言ったら、本を書ける人なんていなくなっちゃうよ、と思いますか?
同じテーマの本を、何十冊どころか、たぶん何百冊も書いているのに、決して同じことを書かない人を私は知っています。
同じテーマの本を、やはり何十冊も出していて、いつも前著作からの引用と、他人の本の引用ばかりを載せている人も、私は知っています。

推理小説作家が、以前と同じトリックの、同じストーリーの小説を「新刊」として出して、読者から文句を言われたときに、主人公の名前や性別や、時代や場所を変えてあるんだから「新作」である、自分が書いた物語に手を入れてまた出版してどこが悪いんだ? と反論したら、なるほどと納得しますか?

以前は、プロの編集者がいて、ヘンな原稿を持っていっても門前払いか書き直しを命じられて、おめがねにかなわないと本にならなかった。・・・のだと思う。

プロの編集者、求む。
そして、プロの物書きでなくてもいい、自分自身のことばで文章を書く人の本を、私は読みたい。

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