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2007年10月 2日 (火)

ハンバーグさんを見る

『セクシーボイスアンドロボ』のレンタルDVDで、ようやく放送中止になってしまった「ハンバーグさん」の回を見ました。
このお話が言いたかった内容は、このドラマを見た人ならちゃんとわかると思う。ただ、テレビというメディアとして、今の時代、タイミングが悪く、放映を中止せざるを得なかったのは、残念だけど、しかたないのかもしれない。

いろいろな本や雑誌の校正の仕事をしていると、各編集部・出版社のいわゆる「不適切表現」への方針・対応の違いがよくわかる。
差別語・侮蔑語はすべてチェックして書き換え語の案を書き添えてほしい、と依頼してくるところから、著者の表現を尊重しますと注意書きを入れてそのまま掲載するところまで。
校正者の立場としては、かなり感度のレベルを高くして、ちょっとでもひっかかる表現を指摘することを求められる。
一読者としての私の意見は、言葉そのものをあれこれいじって変えたところで、根本的な解決にはなっていないと思う。
その言葉自体をやめたところで、文章全体の表現や思想(行間っていうやつです)から、著者の考えはしっかり伝わってくる。
差別的な目線で物をいう著者の思想は、たとえ差別的な単語が削られても、読者にはちゃんとわかってしまう。
単語が問題なんじゃないんですよ。

沖縄の集団自決記事の検定削除も同じところにつながっている気がする。
「忘れたからって、なかったことにはならないんだからね!」
と「三日坊主」に叫んだニコのせりふを聞かせたい。

ハンバーグさんが受け取ったメールは、その言葉だけでなく気持ちが伝わってきたから7時間も待てたのだと思う。
たとえ短い携帯メールの文章でも、嘘や悪意があれば必ず伝わる、と私は思う。
なんらかの事情で来れなかったと思いたい。(甘いけど)
そして、何時間も待ち続けるようなハンバーグさんだったからこそ、待ち人には会えなかったけど、もっとたくさんの出会いがあったわけで。

しかし、ハンバーグ屋さんで誕生日のケーキを買うかなぁ・・・

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